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浦和地方裁判所 平成9年(ワ)363号 判決 1998年1月26日

呼称

原告

氏名又は名称

株式会社大森仏具店蕨川口葬祭

住所又は居所

埼玉県蕨市中央五丁目一一番一二号

代理人弁護士

山野光雄

呼称

被告

氏名又は名称

株式会社大森葬祭

住所又は居所

埼玉県蕨市中央五丁目一三番七号

代理人弁護士

新井彰

主文

一  被告は、「株式会社大森葬祭」の商号を使用してはならない。

二  被告は、平成八年九月九日浦和地方法務局戸田出張所において登記した商号「株式会社大森葬祭」の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、埼玉県蕨市内において旧商号が「株式会社大森仏具店」(以下「旧商号」という。)、現商号が「株式会社大森仏具店蕨川口葬祭」であって、仏具の販売及び葬祭業等を営んでいる原告が、同市内において「株式会社大森葬祭」の商号で、葬祭業及び仏具の販売等を営んでいる被告に対し、商号が類似するなどとして、その法的根拠として、▲1▼商法一九条、▲2▼同法二〇条、▲3▼同法二一条、▲4▼不正競争防止法三条一項、二条一項一号を選択的に主張して、商号の使用の差止及び商号登記の抹消登記手続を求める事案である。

二  前提的事実(証拠を掲記して認定した事実のほかは、当事者間に争いがない。)

1  原告は、個人商店であった「大森仏具店」が昭和五四年二月二六日、株式会社組織に改められ、商号を株式会社大森仏具店、本店を埼玉県蕨市中央五丁目一一番一二号、営業目的を仏壇仏具御宮神具類の製造販売及び修理として設立された会社であり、個人商店としては、創業約一六〇年で、六代続いていることから、埼玉県蕨市内においては、仏具販売業者として広く知られていた。

原告は、昭和六二年一〇月頃定款の目的に冠婚葬祭業を追加変更するとともに、その頃から同市中央五丁目一三番七号に事務所を設けて、原告の一部門として葬祭業を始めた。右事務所は、当時原告に勤務していた大森健男(現在被告の代表取締役。以下、「健男」という。)の自宅でもあり、前記原告本店から約七〇メートルの距離にあった(原告代表者本人尋問の結果)。葬祭業部門は「蕨葬祭センター」という名称を用いており、右事務所の看板にも「蕨葬祭センター」という名称のみを掲げていた(原告及び被告各代表者本人尋問の結果)。

2  被告は、平成八年九月九日、商号を株式会社大森葬祭、本店を埼玉県蕨市中央五丁目一三番七号、営業目的を葬祭業、及び仏壇、仏具、神具の販売等として設立された。

被告の代表取締役に就任した健男は、原告代表取締役大森通弘の弟であり、昭和五七年ころから、平成八年六月まで原告に勤務しており、平成八年六月ころは、原告の専務取締役であった。その問、健男は、原告が葬祭業を始めてからは主として葬祭業部門を担当していた(原告代表者本人尋問の結果)。

3  原告は、平成九年二月一〇日、商号を「株式会社大森仏具店」から「株式会社大森仏具店蕨川口葬祭一に変更した。

三  争点

1  商法一九条に該当するかどうか

(一) 原告の主張

(1) 商号の同一性について

▲1▼ 原告の現商号である「株式会社大森仏具店蕨川口葬祭」と被告の商号である「株式会社大森葬祭」は、極めて類似している。

▲2▼ また、原告の旧商号と被告の商号も、その主要部分である「大森」が全く同一であり、残りの「仏具店」及び「葬祭」は、同じ仏事であり営業において密接かつ不可分で区別がつかず、そのため、現に両者とも「仏具の販売」と「葬祭」を会社の目的にあげているのであって、商号全体からみてもその印象はきわめて類似している。

(2) 営業の同一性

両者とも、仏具の販売、葬祭業及びこれに附帯する一切の業務を営業目的としており、全く同一である。

(二) 被告の主張

(1) 商号の同一性について

▲1▼ 前記のとおり、原告の現商号である「株式会社大森仏具店蕨川口葬祭」は、平成九年二月一〇日に登記されたところ、被告の商号「株式会社大森葬祭」は、これに先立つ平成八年九月九日に登記された。したがって、両者の商号に類似性があるとしても、原告の請求は、商法一九条の趣旨からして、理由がない。

▲2▼ 原告の旧商号と被告の商号を対比しても、「仏具店」と「葬祭」とは、同一ではなく、また、類似もしていない。「仏具店」とは、仏具(仏壇、仏壇内外の各種器具や位牌等)の小売販売店の呼称であり、他方「葬祭」とは、一般的には「葬儀社」を意味し、祭壇の飾り付けや儀式一切を引き受けることを業とするものであって、両者の営業内容は明確に区別できる。

(2) 営業の同一性について

原告が「大森」の名で呼称され、通用しているのは、「仏具店」としてであって、決して「葬祭業」としてではない。原告は葬祭業を兼業として営んでいるにすぎず、また葬祭業を始めてから七、八年しか経っていない。

2  商法二〇条に該当するかどうか

(一) 原告の主張

(1) 商号の同一性又は類似性並びに営業の同一性

右1(一)のとおり

(2) 不正競争の目的

原告は、創業約一六〇年、六代続いた個人商店「大森仏具店」を株式会社組織に改めたものであるから、蕨市内では周知性を有していた。ところが、原告と同種の営業をしている被告が不正競争の目的をもって、原告の登記された旧商号「株式会社大森仏具店」及び通称である「大森」のいずれにも類似する商号を使用し、現に他人をして原告の営業と誤認混同させて原告の営業上の利益を害している。すなわち、

▲1▼ 健男は、前記のとおり、原告代表者の弟で、平成八年六月まで原告の専務取締役に就任し、昭和六二年頃から原告の葬祭部門を担当していた。

▲2▼ 原告の本店と被告の本店とは、極めて近接している。

▲3▼ 被告は平成九年四月から宣伝車によって被告の名を連呼するなどの宣伝活動を行ったが、これを原告の宣伝と誤認した客からの苦情が相次いでいる。また、原告の商号変更後も、仕入れ業者からの電話、運送業者からの確認、販売先からの注文等につき、原告と被告との誤認混同が相次いでいる。

(二) 被告の主張

(1) 商号の同一性又は類似性並びに営業の同一性について

右1(二)のとおり(ただし、「原告の請求は、商法一九条の趣旨からして、理由がない。」との主張は、「原告の請求は、商法二〇条の趣旨からして、理由がない。」とする。)

(2) 不正競争の目的について

原告が創業約一六〇年、六代続いた個人商店を株式会社組織に改めたものとして、「大森」の名で呼称され、通用しているのは、「仏具店」としてであって、葬祭業としてではない。原告が葬祭業を始めたのは七、八年前であり、本業はあくまで仏具販売業である。また、葬祭業として原告の通称があるとすれば、それは「蕨葬祭」又は「蕨葬祭センター」である。

したがって、被告には、不正競争の目的はない。

3  商法二一条に該当するかどうか

(一) 原告の主張

(1) 商号の誤認可能性

被告の商号が原告の現商号及び旧商号と類似し、被告の営業をして原告のそれと誤認させるものであることは、前記1(一)のとおりである。

(2) 不正の目的

前記2(一)のとおり(ただし、「被告が不正競争の目的をもって」との主張は、「被告が不正の目的をもって」とする。)

(二) 被告の主張

(1) 被告の商号は、原告の現商号より先に登記されたから、両者の商号に類似性があるとしても、原告の請求は、商法二一条の趣旨からして、理由がない。

(2) 商号の誤認可能性について

被告の商号が原告の現商号及び旧商号と類似せず、被告の営業を原告のそれと誤認させるものでないことは、前記1(二)(1)▲2▼及び(2)のとおりである。

(3) 不正の目的について

右2(二)(2)のとおり(ただし、「したがって、被告には、不正競争の目的はない。」との主張は、「したがって、被告には、不正の目的はない。」とする。)

4  不正競争防止法三条一項、二条一項一号に該当するかどうか

(一) 原告の主張

(1) 商号の周知性

原告は、創業約一六〇年、六代続いた「大森仏具店」を株式会社組織に改めたものであって、この沿革上の通称である「大森」は、蕨市内及びその近辺において広く一般に認識されている。

(2) 被告の商号が原告の現商号及び旧商号に類似し、被告がその営業を原告の営業と混同させていることは、前記1(一)(1)及び(2)のとおりである。

(二) 被告の主張

(1) 原告が葬祭業を始めたのは七、八年前のことであって、本業はあくまで仏具の販売である。原告は、蕨市の指定業者に登録されているが、その指定店名は「大森仏具店蕨葬祭センター」であり、「株式会社大森仏具店」ではない。しかも、右「大森仏具店蕨葬祭センター」の記載のうち、「大森仏具店」は半角文字で記載されているのに対し、「蕨葬祭センター」は全角文字で記載され、強調されている。このように、原告が葬祭業として通用する呼称は、蕨市内では「蕨葬祭」ないし「蕨葬祭センター」であって、決して「大森」ではない。

(2) 被告の商号は原告の現商号及び旧商号と類似しておらず、被告の営業と原告の営業が混同されていないことは、前記1(二)(1)▲2▼及び(2)のとおりである。

第三  争点に対する判断

一  本件の選択的請求のうち、商法二一条に基づく請求について、以下検討する。

1  原告の商号は、被告の商号登記がなされた後に変更されて現商号になったものである。そこで、たとえ被告の商号が原告の現商号に類似していても、原告の現商号のみを基準として被告の商号の使用差止等の可否を決定することはできない。しかし、被告の商号が原告の旧商号に類似し、商法二一条に該当するため、被告の商号の使用差止等の請求権が発生した場合、その後、原告の商号が変更されても、原告の旧商号と現商号との間に密接な類似性があり、したがって、被告の商号は原告の現商号とも類似性があって、原告の営業と誤認させるときは、原告の同条に基づく被告の商号の使用差止等の請求権は消滅しないものと解される。

2  そこで、先ず、被告の商号の使用が原告の旧商号における営業との関係において、商法二一条に該当するかどうかを検討する。

(一) 両商号の対比

原告の旧商号と被告の商号を対比すると、原告の旧商号である「株式会社大森仏具店」と被告の商号である「株式会社大森葬祭」とは、「株式会社大森」という文言が共通で、両者の間には「仏具店」、「葬祭」の部分に差異があるにすぎないところ、「仏具店」及び「葬祭」はいずれも普通名詞であるから、各商号の主要部分は固有名詞である「大森」であると解すべきである。もっとも、「大森」は原告代表者個人及び被告代表者個人の氏であって、個人が自らの氏につき氏名権を有することはもちろんであるが、既にこれを商号として使用する以上、その限度においては、氏名権の目的たる性格を離れ、商法等の商号に関する規定の適用対象になるものといわなければならない。

(二) 原告の旧商号の下における被告の営業誤認性について

乙第四号証、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は、健男が原告に在職中は、原告の葬祭部門の請求書や領収書を「蕨葬祭」の名称で発行し、電話帳にも「蕨葬祭センター」と登載させていたことが認められ、また、原告葬祭部門の事務所には「蕨葬祭センター」という看板が掲げられていたことは、前記のとおりである。

すなわち、原告は、葬祭業においては、「蕨葬祭」あるいは「蕨葬祭センター」との名称を使用し、「株式会社大森」との表示部分を使用しておらず、また、弁論の全趣旨によれば、被告の主たる営業は葬祭業であり、仏具の販売等は付随的なものであると認められるけれども、仏具の販売業と葬祭業とはいずれも仏事を扱う業種という意味において共通性があり、また、右両業種を兼業することも希なことではないと解されるから、右(一)のとおり原告の旧商号と被告商号とは、その主要部分の名称が「大森」であって共通しているうえ、前記のとおり、原告は蕨市内においては仏具販売業者として広く知られており、原告の本店と被告の本店とは約七〇メートルしか離れておらず、被告本店は平成八年六月まで原告葬祭部門の事務所として使用されており、かつ原告葬祭部門の責任者は健男であったから、これらの事実に、実際にも郵便物が原告と被告とを混同して配達されたり、取引業者が被告と間違えて原告あてに品物を届けたりしたこと(原告及び被告各代表者本人尋問の結果)を合わせると、被告の商号は、取引上一般人をして、原告の旧商号の下における営業であるとの誤認を生ぜしめうるものであったということができる。

(三) 不正の目的の有無について

原告が、創業約一六〇年、六代続いた個人企業「大森仏具店」を昭和五四年に株式会社組織に改めたものであり、それ故蕨市内において仏具販売業者として広く知られており、健男は平成八年六月まで原告に専務取締役として勤務し、その間原告の葬祭部門を担当しており、原告の葬祭部門の事務所は現在の被告の本店にあったこと、原告の本店と被告の本店とは約七〇メートルしか離れていないこと、仏具の販売業と葬祭業とはいずれも仏事を扱う業種という意味において共通性があり、右両業種を兼業することも希なことではないと解され、それ故、被告の営業は、原告の旧商号における営業と誤認されうるものであることは、いずれも前記のとおりである。

そこで、右事実によれば、被告は、原告葬祭部門を担当していた健男が、原告葬祭部門の事務所を被告の本店とし、原告本店に近接した場所において、原告の旧商号と主要部分が共通な「株式会社大森葬祭」を商号として設立され、被告の営業は、原告の旧商号における営業と誤認されうるものであったから、被告は主として葬祭業を営むにあたり、原告の旧商号を知りながら、その営業上の実績、信用等を利用する意図を有していたものということができる。

そして、原告代表者本人尋問の結果によれば、被告は、「株式会社大森葬祭」という商号を使用して葬祭業を営むことにつき、原告の承諾を受けてなかったと認められるから、結局、被告には商法二一条にいう「不正の目的」があったものということができる。

3  原告の旧・現両商号の類似性

原告の変更前の商号は「株式会社大森仏具店」、変更後の商号は「株式会社大森仏具店蕨川口葬祭」であって、両者は「株式会社大森仏具店」の文言を共通にするばかりでなく、前者は後者の一部を構成している関係にある。また、両者の相違点である「蕨」、「川口」及び「葬祭」はいずれも普通名詞であって、商号の主要核心部分とは言えないから、結局、原告の旧・現両商号の間には、密接な類似性があるということができる。

4  原告の現商号と被告の商号の対比

原告の旧商号「株式会社大森仏具店」と被告の商号「株式会社大森葬祭」とは、前記のように主要部分を共通にしているところ、原告の現商号も、主要部分である「大森」との表示には変更がなく、これに普通名詞である「蕨」、「川口」及び「葬祭」という文字が付加され、そのうち「葬祭」という表示は、被告の商号とも共通するのであるから、原告の現商号も被告の商号とその主要部分を共通にするものということができる。

5  原告の現商号下における被告の営業誤認性

原告は、健男が原告を退職後は、その葬祭部門の事務所を原告本店に隣接して設け、葬祭部門を「大森仏具店葬祭部」と表示し、また、「大森仏具店蕨葬祭センター」という名称で蕨市から市民葬委託指定店の指定を受けている(乙第一、第二号証、原告代表者本人尋問の結果)。

しかし、右4のとおり、原告の現商号と被告の商号は主要部分が共通しており、また、原告と被告の営業の状況、従前の経緯等は前記2(二)のとおりであるから、これらの事実によれば、原告の現商号の下においても、被告の商号は、原告の営業と誤認されうるものというべきである。

6  原告の商号変更後における被告の不正の目的

前記2(三)に認定したとおり、被告の不正の目的は、その設立当初から存したものであるから、原告が現商号に変更することによって、その消長に影響がないことは、明らかである。

二  結論

以上によれば、原告が被告に対し、商法二一条に基づき被告の商号の使用の差止及び商号登記の抹消登記手続を求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判断する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 小島浩 裁判官 鈴木雄輔)

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